「鬼の無限列車」から下車しよう
「鬼滅の刃」を見て、
現代の状況を重ねている人は少なくないだろう。
この物語は大正時代だそうだが、
鬼はもっと昔からいて鬼殺隊もずっと前から
鬼と対峙してきた。
子供たちの多くはこのマンガやアニメに夢中だから
その歴史を考察したり、世の中との関わりを調べたり、
現代とのつながりを考えたりすれば、
「社会科」の学習にはもってこいだと思う。
以前イギリスにいた時の小学校では、
テーマを🐸カエルと決めて、
すべての科目でそのテーマで学習していた。
算数でもカエルを使って計算
理科ではその生態を調べ
国語であればカエルが登場する物語
工作ではカエルを作り
美術ではカエルの絵を描き
体育ではカエルを真似て動くなど、
教科をまたいでテーマを追求していた。
低学年では取り入れやすいし、
早いうちから、
なぜそれぞれの科目を学ぶのか意識するようになる気がした。
日本のきのくに学園(和歌山県)を見学したことがある。
http://www.kinokuni.ac.jp/nc/html/htdocs/index.php
そこでは、一年または数年かけて一軒家を作ったり、
日本庭園を作ったりしていた。
もちろん、完成後その家には学園の職員が住んでいた。
その製作過程で、様々な要素を体験を通して学ぶことになる。
アイデアを出し、考察し、実行し、
フィールドバックしながら一つのものを共同で作り上げる。
もちろん、「授業」なので大人たちも手伝う。
完成を目指し実践をするには壁や困難が付きまとう。
1巻完結の物語ではなく連載版となれば当然だ。
「鬼滅の刃」の中で、
主人公の炭治郎が「ようやくここまで届いたと思ったら、
また壁ができ、
それを超えたと思ったらまたさらに高い壁がある」
というようなことを言う場面がある(と記憶している)。
昨年来の騒動の中で、
いたたまれない違和感を払拭するために、
いろいろ調べて行けば行くほど、
何が事実なのか嘘なのか、
誰を信じたらいいのか疑ったほうが
いいのかわからなくなった人達も多いと思う。
しまいには知らぬが仏を決め込んで
周りに合わせて通常を演じることもしかたないかもしれない。
映画の中、
鬼に協力して鬼殺隊のメンバーを抹殺して、
いい夢を見させてもらおうとする人達が、
炭治郎たち鬼殺隊のメンバーの潜在意識の中に入り込み、
精神の「核」を殺しに行く。
夢を見続けたらその後鬼に食べられてしまう。
しかも死ぬ直前にそれまでと違った恐怖の夢を見せて
食べるのだという・・・どこかで聞いたような怖い話だ。
今、この場に及んで、
😷だのワクチンだのを声高く歌っている人達に同調し、
それらに協力してしまう人達が、
違いはあれど、
鬼の夢を見ているという点で、
妙にダブって見えてしまうのは考えすぎだろうか。
せめて、「鬼滅の刃」を見た人達が、一人でも多く
今のコロナ騒ぎがおかしいなと気づいてほしい。
もしかしたら、鬼の無限列車に乗車中なのでは?と。
鬼に見せられた夢はたぶん・・ウソなのだから。。。